【負の歴史】恐怖の存在ナチス・ドイツの第二次世界大戦期の敗因

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【負の歴史】恐怖の存在ナチス・ドイツの第二次世界大戦期の敗因

第二次世界大戦時代に、凶悪であった「ナチス・ドイツ」をアメリカ・イギリス・ソ連を代表とする連合軍が倒しました。

これまでナチスに関する本を多く読み漁ることで、ナチスの戦いの進め方から敗北した理由について、ある一定の定説があることを発見しました。

今回の記事では、第二次世界大戦期におけるナチス・ドイツの敗因について、紹介します。

(今回の記事を作成するにあたり参考した本は以下です!)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍

完全分析 独ソ戦史―死闘1416日の全貌

1. 短期戦はナチス有利なので長期戦に持ち込む

1941年6月 ソ連に進軍するドイツ軍
出典:Wikipedia

ナチス・ドイツの電撃戦

ナチスとの戦いでは、長期戦に持ち込むことが有利に働きました。

なぜならナチスは短期戦であればかなり強く、勝つことが難しかったからです。

ナチスが得意とする「電撃戦」と言う戦術は、速やかに相手の急所を叩き、一気に勝利まで導いてしまう戦法です。

電撃戦では、戦車や装甲車で相手の重要な陣地に一気に進軍して、情報の中枢や重要拠点を破壊し混乱を生じさせます

電撃戦で開けた相手の穴に、遅れて歩兵部隊が侵入し制圧するというパターンです。

ドイツ軍の軍門に下ったノルウェーやオランダ、ベルギー、デンマーク、ポーランド、ユーゴスラビア、ギリシャもまた、軍隊の主力が壊滅すれば白旗を挙げて銃を地面に置くという態度を見せていた。ドイツ軍の「電撃戦」は、敵国の軍事力を短期的に壊滅ないし無力化することで、敵国政府の戦意を喪失させるという「精神的ショック」に大きく依存する性質を備えていたのである。

完全分析 独ソ戦史―死闘1416日の全貌 (page. 115)

確かに緻密な戦術の計算を行ってはいるものの、電撃戦は簡単に言うと勢いの勝負です。

相手の急所に一点突破し混乱を招くことにより、部隊が整う前に一気に制圧するのが電撃戦の主目的です。

ソ連は他の国とは何かが違った

事実、ナチスの電撃戦は、ヨーロッパのほとんどの国を攻略してきました。

つまり、短期での勝負はナチスの方が有利であり、圧倒的な速度の電撃戦により一時的には制圧される可能性が高いです。

ナチスが電撃戦に失敗したのは、長期的に戦局が長引いた時です。

電撃戦は、短期決戦することを一番のメリットとしています。

ソ連との戦いにおける「バルバロッサ作戦」は、いつも通り電撃戦で始まり、ナチスは最初は優位に戦局を進めていました。

しかし、広大なソ連の土地での短期決戦はかなり難しく、やがて長期に戦争が長引くにつれて、今度はナチスの補給が大きな問題となりました。

ドイツから遠く離れたソ連の広大な土地で、ナチスの兵士たちは長引く戦争での疲労飢え寒さに苦しんだのです。

つまり、戦局を長期にもつれ込みナチスの補給に問題を生じさせることにより、勝てる可能性が見えてきました。

ナチスの一番得意の戦いである電撃戦をやり過ごし、長期戦にもつれ込むことで戦局を変えたのです。

2. ヨーロッパで東西の2つの戦線を作り挟み撃ちにする

西の戦線のきっかけとなったノルマンディー上陸作戦
出典:Wikipedia

一点突破を防ぐ

ナチスに勝つためには、ナチスの戦力を分散させるようにする事が有利に働きました。

ヨーロッパで無類の強さを誇っていたナチス・ドイツですが、上で見てきた通り基本的には一カ所にリソースを投入して、一気に敵陣営を制圧するのがナチスのやり口です。

そのやり方で、ポーランドポーランド侵攻)やフランス(ナチス・ドイツのフランス侵攻)そしてソ連バルバロッサ作戦)などにおいて、圧倒的な瞬発力で攻撃をしてきました。

一方、ドイツの守備面を見ると、ドイツはヨーロッパの真ん中に位置していて、色々な国から囲まれています。

この地理的な要因により、ナチスが東側のソ連軍と戦っている間に、西からナチスを攻めて背後を突く事はとても有効に働きました。

第二次世界大戦の2つの戦線

第二次世界大戦でも、上で紹介したバルバロッサ作戦でナチスは東への進軍を行っていました。

そんな中、イギリス・アメリカ・カナダの連合軍はフランスを開放しベルリンを倒すため、占領されていたフランスの北から上陸する重要な作戦を実施しました。

これが「ノルマンディー上陸作戦」です。

トムハンクス主演の映画『プライベート・ライアン』は、観たことある人も多いと思います。映画の冒頭では、ノルマンディー上陸作戦を描いています。

ノルマンディー上陸作戦が重要だと言われている理由は、ソ連と戦い東側に気をとられている間に、西から背後を突き、戦局を一気に変えた作戦だったからです。

東のソ連軍からの逆襲や、西の連合軍からの攻撃にあい、ナチス・ドイツは挟み撃ちにされ、最後には先にたどり着いたソ連軍に滅ぼされました。

このように、戦線を二つに分けてナチスの戦力を分散し、更に挟み撃ちをすることによって、最終的にナチスを倒すことにもつながりました。

3. 圧倒的な物量で追い込む

ソ連軍の反撃(1944年)
出典:Wikipedia

ナチスはなぜ降伏しない?

そしてナチス・ドイツを倒すためには、圧倒的な物量が必要でした。

物量が多い国は当然強いですが、ナチス・ドイツには物量がないと勝つことができませんでした。

なぜならば、ナチス・ドイツは徹底的に追い込まれるまで決して降伏しないからです。

その様子が、映画『ヒトラー ~最期の12日間~』で描かれています。

普通の戦争であれば、戦争に勝てる見込みが無くなった場合に、戦争後の条件を少しでも有利にするために積極的に降伏するのが常識です。

しかし、ナチスドイツが行ったのは資源を奪うとか、領土を広げるための戦争ではありません。

ユダヤ人を始めとした、劣等(とナチスが見なした)人種を絶滅させるのが戦争の目的です。

なので、ドイツ国民に被害が及ぼうが、街が破壊されよが、ナチスには関係ありませんでした。

命ある限り最後の最後まで戦い、一人でも多くのユダヤ人を迫害し党のイデオロギーを表現する事に全てをかけていました。

ナチスがベルリンの本拠地を完全に潰されるまで戦い続けたことは、人類の歴史を振り返っても非常に特殊な事例のようです。

つまり、ナチスを倒すには局地的に戦争を有利に進めるだけで十分ではなく、ベルリンを完全に制圧するまで戦争を続ける必要があったのです。

ソ連とアメリカの物量

ソ連軍がドイツ軍の電撃戦を受けて領土をかなり侵略されても、最終的に反撃できたのは、ソ連に無尽蔵の物量があったからだと思います。

ソ連邦はもはや、戦争を継続できる軍事力を保持し得ないはずだった。しかし、それでもなお、ソ連赤軍は強力な兵力をモスクワ全面に保持しており、しかも新たな動員兵力が広大な領土の彼方から絶える事なく湧き出して、ドイツ軍の行く手へと立ち塞がったのである。

完全分析 独ソ戦史―死闘1416日の全貌 (page. 115)

どんなに攻撃されても次々と補給されたソ連軍はやがて反撃に出て、ドイツに入り込み、最終的にはベルリンにまで到達しました。

日本軍にも言えることですが、第二次世界大戦の初期にナチスは短期決戦でいろいろな国を占領しました。

しかし、最終的にはソ連やアメリカなどの超大国によって徹底的に破壊されて、第二次世界大戦は終結しました。

ナチスドイツを倒すには、最終的には色々な犠牲を図りながらも、補給力が勝っていたソ連軍や連合国軍が勝利することできました。

おわりに

今回の記事では、ナチスドイツの敗因について書いてみました。

ナチスドイツは、ヒトラーのよくわからない理不尽なイデオロギーから勝手に戦争始めて、勝手に滅んでいきました。

ナチスは確かに戦争は強かったですが、最終的には戦争によって滅ぼされることになりました。

その間に、多くの犠牲者が出たことは言うまでもありません。

この戦争で一体何が生まれたというのでしょうか?結局戦争は虚しさしか残らないです。

過去の負の歴史を繰り返さないためにも、これからも歴史を学び続けましょう。

ナチスの事を学べる本について、別の記事でも紹介しているので下の記事もチェックしてみてください。

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今回はこの辺りで。

それではまた!